杉並と江戸

男女逆転「大奥」はこうして誕生した

(大石)これまで時代劇は、あまり描かれていないようですが。

(よしなが)はい、短編を1作描いた程度です。でもドラマの時代劇は大好きです。最初は、ファンタジーの世界で時代劇を描こうと思ったのですが、ファンタジーは得意ではないし、よく分からない。自分の知っている世界に引き寄せないと描くのは無理だなと。その頃、テレビドラマの「大奥」(※3)が若い人にも人気になっていて、これならパロディーとして描けると思いました。知っている世界なら理解してもらいやすいので。大奥のお鈴廊下(※4)に女性がずらっと並んで鈴が鳴る場面もドラマの中でおなじみですし。それに江戸時代だと鎖国しているので、男女逆転という設定でもいけるかなと。描きたかったのは、一つの王朝の移り変わりです。登場人物がどんどん入れ替わっていくような。

(大石)鎖国とかぶせるのは、すごいですね。「そうきたか」と驚きました。

(よしなが)私も思いついたときは、「これだ!」と思いました。ただ、江戸時代の男性のヘアスタイルの月代(さかやき)。前髪がないので少女漫画には、あまり向いていないかもしれません。人物を髪で語ることができないだけでなく、みんな同じ形なので見分けもつきにくい。編集さんに、時代劇俳優を例に挙げて、月代はすごくかっこいいのだと力説して、描かせてもらいました。

(大石)大奥の誕生からでなく、8代将軍徳川吉宗(※5)から話が始まっているのが不思議だったのですが。

(よしなが)吉宗ならテレビドラマ「暴れん坊将軍」を通して、知っている人が多く、人物像を分かってもらいやすいです。それと、逆転している世界を描いた後で、なぜそうなったか説明した方が流れとしていいと思いました。

(大石)登場人物の男女の設定は、描く前にすべて決まっていたのですか。

(よしなが)いえ、編集者との打ち合わせで場当たり的に決めることも多いです。

(大石) 例えば赤穂四十七士(あこうしじゅうしちし)は男性のままでしたが。

(よしなが)構想の当初からの設定です。彼らを戦国時代の最後の名残のつもりで描きました。その後、現実の歴史では文治政治(※6)への移行があったわけですが、漫画の中ではそれを女性による統治の始まりに置き換えました。男性に任せていては暴力に訴えることが多いと、漫画の中の5代将軍徳川綱吉(※7)は赤穂四十七士に厳しい処罰をしたのです。

(大石)男女が逆転したことによるキャラクター設定の苦労はありますか。

(よしなが)特にありません。男性をそのまま女性にしてもいけるのではないかと、構想したときから思っていました。吉宗だって女性っぽくしたわけではなく、現実に近い姿で描いています。調べたとおりをそのまま女性にしても、物語の中でしっくりくるのは楽しいです。

(大石)最初、映画「大奥(吉宗編)」の時代考証を始めたときは、男女逆転に随分とまどいましたが、続けるうちに、男女入れ替わっても大きな問題はないのではないか、と思えてきました。男女の仕事の役割は、現代の私たちがイメージすることで、もう1つの男女逆転の歴史があっても、それが誤りとは言えない。男性にもジェラシーはあり、女性にも政治権力欲はあると、よしながさんの「大奥」は、こうした可能性をすでに予言していたような気がします。

(よしなが)私は、女性が権力を持っても世の中が平和になることは、おそらくないだろうと思っていて、「大奥」ではそこをきちんと描きたかったのです。

※3  テレビドラマの「大奥」:フジテレビ系で2003(平成15)年6月~8月放送されたシリーズ。実際の大奥の様子を描いた作品

※4  お鈴廊下:江戸城内にある将軍の生活の場である中奥(なかおく)から女性が居住する大奥への通路。将軍の出入り時に鈴を鳴らして合図したため、こう呼ばれる

※5 徳川吉宗(よしむね) :8代将軍。享保(きょうほう)の改革を実施し、停滞していた政治の刷新を図った名君として名高い

※6 文治政治(ぶんちせいじ):4代将軍徳川家綱から7代家継までの政治。初代家康から3代家光までの武力を背景にした武断政治から、方向転換が図られた徳を重んじる政治のこと

※7 徳川綱吉(つなよし):5代将軍。治政の初期は文治政治を推進したが、後半、生類憐み(しょうるいあわれみ)の令を発するなどで悪評された