(よしなが)登場人物では、強いて言えば9代将軍徳川家重(いえしげ)が好きです。8代将軍吉宗の長男で、歴史上の評価では、知性が低く無能な将軍とされています。でも調べてみたら将棋が得意で、生まれつき言語が不明瞭だっただけなのではないかと思いました。家臣から侮られているのが分かっているのに何もできず、酒食に溺れていった姿に切なさを感じてしまって。無能という評価も名君だった父親と比較されてのことですし。
(大石)13代将軍徳川家定(※8)の評価と重なるものがあります。
(よしなが)家重については、もう一度調べてきちんと評価する必要がありますね。
(大石)はい、生け花や和歌をたしなんでいたという記録もありますし。家重や家定のようにリーダーシップをとらなかった将軍は、あまり関心をもたれないのですが、漫画やドラマで描かれることで光が当てられることにより、あらためて資料が吟味され、初めて個性(キャラクター)が浮かび上がることがあります。
(よしなが)新しい資料が出てくることもありますか。
(大石)あります。また、歴史学は、政治・制度や事件を中心にしてしまいがちで、キャラクターをじっくり見つめ、考えるのは、よしながさんがされている仕事の方が先を行っていると思います。教科書、参考書、論文などは枠からはみだすことができませんが、漫画なら実験ができます。そして、そこに真実があったりします。「大奥」の時代考証は、いろいろな可能性を考えさせられ、新しい世界を広げてくれました。
(よしなが)描いた後で教科書を読むと、すごくよく分かります。で、漫画『大奥』を受験生にも読んでもらえたらと。将軍を老中とセットで覚えられて、政策も頭に入りやすい。テストの問題は、性別は問わないので大丈夫だと思います。
(大石)「よしなが流江戸通史」ですね。面白いです。歴史学は史料やデータをできる限り集めるのが基本ですが、それだけではストーリーができません。人物の性格や考え方をとらえるには、どこかで冒険することも必要です。私は、漫画『大奥』のような作品に接することで、データのみに埋没せず、人物に迫る魅力を再認識しました。よしながさんは、ストーリーの引き出し方が巧みだと思います。
(よしなが)そう言っていただけるとうれしいです。
※8 徳川家定(いえさだ):13代将軍。生来病弱で、幕末の難局にあたり指導力を示すことができなかった将軍として評価は低い