「生まれは、三鷹なんですよ。家が貧乏だったんで、風呂がなくて銭湯に行ってましたね。一番古い記憶は、銭湯で溺れているところを知らないおばさんが助けてくれたことなんですよ。」と久住さん。銭湯好きが高じて『昼のセント酒』という本も書いた。「本を書くためにいろいろな銭湯に入って、杉並区だと浜田山の浜の湯を取材しました。けど、なくなっちゃたんだよね。あれは残念だったなぁ。」浜の湯が閉店するときにケロリンの洗面器をもらったそうだ。
「僕は22歳で漫画家としてデビューしました。同時に音楽活動も行っていて、初めて入場料をとってやったライブが高円寺の"JIROKICHI"なんですよ。」と高円寺との接点を話してくれた。
「去年は『孤独のグルメ』がブームになって、テーマ曲も僕のバンドで作ったのでオファーがたくさんあった。70回以上やったかな。去年はバンドマンでしたねぇ。アルバムも2年で4枚も作ったから。」と大忙しだった模様。「2014(平成26)年の阿佐谷ジャズストリートにも出演しました。"チキンレッグ"(グリルとワインの店)で演奏しましたね。」その時は満員御礼で、人が入りきらないほど人気を集めた。
「初めての校外展示を行ったのは"荻窪ギャラリー"だったんだよね。そこにたまたま、坂本龍一さんが来てさ。普通、芳名帳にサインするときは、そこにある筆ペンなんか使うじゃない。坂本さんの場合は、そこも変わっていて自分のポケットから万年筆を出してサインするの。しかも、インクは赤。」この出来事は、非常に印象に残っているそうだ。
「大学は、法政大学二部に進学したんです。けど、美術的なことがやりたかったから親に頼み、美学校(千代田区神田神保町)にも通うようになったの。今で言うダブルスクールみたいなもんね。その美学校 での先生が赤瀬川原平さん(※)。出会った時の赤瀬川さんは全然有名人じゃなかったですよ。ヒマがあったからさ、よく草野球とかやったなぁ。そういえば、赤瀬川さん一時、阿佐谷に住んでいましたよ。」と目を細めて青春時代の思い出を話してくれた。
※赤瀬川原平さん: 漫画家、イラストレーター、小説家・エッセイストなどの顔を持つ前衛芸術家
そんな久住さんは、東京都三多摩に興味がある。「三多摩とは何かというと23区以外の東京のこと。三多摩の北多摩、南多摩、西多摩は、元は神奈川県だったんです。それを東京府が水源が欲しくて買ったらしいんですよ。で、北、南、西ときて東多摩はどこにあるか?実は今の杉並区と練馬区が東多摩なんです。」と教えてくれた。この情報は、杉並に住んでいても知らない人が多いのでは!?「杉並区、練馬区の野暮ったい感じは、東京ではなくて多摩だったからなんですよ。東多摩は多摩じゃなくて区に入ったんです(※)。多摩の都市部、吉祥寺から中野の都内の文化と多摩の文化も交わったところが中央線文化と呼ばれている場所なんです。」と中央線カルチャーの源泉にも言及。
「最近も取材のため、荻窪方面から中野まで歩いてみました。道が複雑でしたね。善福寺川の方からあの一体、道がすごく入り組んでいて、畑ができる場所ではないんだよね。歩いてみるとわかります。さらにそこから荻窪、阿佐谷、高円寺、中野を歩きました。中野周辺も五叉路とか多い。江戸でもない、山手でもない、大きく言う武蔵野。土地的にも似たような文化圏でした。やはり、自分の足で歩いてみないとわからないことも多いです。一日歩き、そのあとパソコンを見ると合点がいく。だから、杉並もたくさん歩いていくうちに、捉え方が変わりましたよ。親近感がわきましたね。あっ、東京じゃない、東多摩だったんだという発見があったからね。」
モノゴトを調べる際はまずは自分の足を使うという久住さん。パソコンで検索し、すぐに答えに行き着くよりも、ゆっくりとわかることが重要だと説く。理解する過程こそ面白いと考えているからだ。
※東多摩郡は、1896(明治29)年に南豊島郡と合併して豊多摩郡となる。その後、1947(昭和22)年に23区に整理統合されたときに、渋谷・淀橋・中野・杉並に分かれた。
▼参考資料
東京都公文書館/大東京35区物語~15区から23区へ~東京23区の歴史
取材を終えて
久住さんを取材させていただき、さまざまな事象に対する観察眼の優れた人だと感じた。だから、新機軸のグルメ漫画『孤独のグルメ』を生み出せたのだと思う。また「面白いことは発見していく過程にある」という久住流クリエイティブのヒントを知れたのが嬉しかった。
久住昌之 プロフィール
1958年、東京都三鷹市生まれ。漫画家・エッセイスト・ミュージシャン。1981年、作画担当・泉晴紀とのコンビ「泉昌之」名義で描いた短編漫画『夜行』でデビュー。その後も多方面で活躍を続け、代表作『孤独のグルメ』はドラマ化もされるヒット作となった。1999年、実弟・久住卓也とのコンビ「Q.B.B.」名義で発表した漫画『中学生日記』で第45回文藝春秋漫画賞を受賞。