杉並郷土史会

郷土史を気軽に語り合い、学ぶ会

杉並郷土史会は、1973(昭和48)年5月の創立以来、50年を超える歴史と伝統を持つ郷土史の会である。杉並とその周辺ならびに東京の歴史を研究すると共に、文化財の調査・保護を通して郷土愛を育むことを目的としている。
企画運営は寺田史朗会長、伊東勝副会長および運営委員が行い、会報の発行、歴史講演会、史跡見学会を実施している。2022(令和4)年度の会員数は175名。寺田会長は「創立時の、“郷土史に興味のある人を集め、専門的にではなく気軽に郷土史を語り合える会を作ろう”という趣旨の下で活動を続けている。郷土を愛する方々の支持を得られて今日があるのではないか。今後もその思いを受け継いでいきたい」と語る。

杉並郷土史会の活動の一つ、史跡見学会の様子(写真提供:杉並郷土史会)

杉並郷土史会の活動の一つ、史跡見学会の様子(写真提供:杉並郷土史会)

2023(令和5)年発行の『杉並郷土史会会報合冊 第6巻』(写真提供:杉並郷土史会)

2023(令和5)年発行の『杉並郷土史会会報合冊 第6巻』(写真提供:杉並郷土史会)

貴重な資料が満載の「杉並郷土史会会報」

「杉並郷土史会会報」は、会員や専門家の郷土史に関する研究内容を掲載している会報だ。年6回発行し、1973(昭和48)年8月の第1号発行以来、一度も休刊していない。2023(令和5)年6月現在は、波巌氏(編集担当)が運営委員と協力して、研究発表の原稿依頼・編集・校正などを行っている。
会報には、郷土史ならではの古老座談会、郷土の生活、伝説と民話、伝統行事などの記事が多数掲載されており、研究で扱う時代も古代から近代に至るまで幅広い。昭和初期の農作業の記事には会員作の挿画があるが、その記憶に基づく描写力に驚く。また、原爆を見た会員、終戦直後の八高線列車衝突事故で九死に一生を得た会員の実録は、悲惨な体験の教訓を後世に伝えている。
波氏は「会報には郷土の先人である著名人や市井の人々の生きた記録が語り伝えられています。貴重な史料の宝庫なので、学生の方が郷土史を調べる時にも大変参考になりますよ」と語る。

「杉並住人風物記」の記事 (出典:『杉並郷土史会会報 第83号』)

「杉並住人風物記」の記事 (出典:『杉並郷土史会会報 第83号』)

「杉並のたくあん漬け」の挿画 (出典:『杉並郷土史会会報 第49号』)

「杉並のたくあん漬け」の挿画 (出典:『杉並郷土史会会報 第49号』)

歴史講演会で新たな知識を学ぶ

歴史講演会は8月を除き、年11回をめどに開催している。テーマの対象地域は、杉並区を主に東京・関東全域。分野は歴史、民俗、郷土史、文化財、地理、歴史的人物などに及ぶ。伊東副会長と運営委員が、講師の選定や依頼、日程調整、会場の確保などを行っている。
2022(令和4)年は、区立郷土博物館学芸員による「アメリカ軍がみた中島飛行機」や、寺田会長による「内田秀五郎と井荻土地区画整理」など、杉並ゆかりの工場や偉人について講演会を実施。過去には、作家の松本清張氏や童門冬二氏、時代考証学者の大石学氏などが講師を務めたこともある。
講演会は会員だけでなく、一般参加者も受け付けている。伊東副会長は「コロナ禍も落ち着いてきて満席の講演会もあり活気を取り戻してきています。今後も多くの方が興味を持てる企画に取り組んでいきたい」と意欲を語る。

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2023(令和5)年4月開催「ひとすじのヒコーキ雲 飯沼金太郎の生涯」

2023(令和5)年4月開催「ひとすじのヒコーキ雲 飯沼金太郎の生涯」

2023年6月開催「天沼駅と杉並の歴史」

2023年6月開催「天沼駅と杉並の歴史」

気軽に参加し、楽しく学べる史跡見学会

史跡見学会は、杉並区を主に東京・関東全域の史跡や神社仏閣、石碑、文化財などを見物。約5㎞、3時間ほどのコースをガイドの解説を聞きながら回る。年に2、3回開催しており、近年は、2021(令和3)年の「桜いっぱいの万葉歌碑を見に行こう」や、2023(令和5)年の「桜みち辿り歩いて哲学堂」など、桜がテーマの見学会が多い。 以前はバスで関東周辺に行く見学会も実施していたが、2019(令和元)年の「軍港横須賀からペリー総督上陸の地を訪ねる」以降、コロナ禍などもあり実施していない。
コースの選定、レジュメの作成、下見などは、伊東副会長と運営委員が担当。当日の誘導や安全管理なども行っている。伊東副会長は「当面は杉並と都内周辺で行う予定です。会員以外も参加可能です。郷土史は初めてという方も楽しく語り合いながら学べる見学会なので、気軽に参加してください」と語る。

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バスで行く史跡見学会 「軍港横須賀からペリー総督上陸の地を訪ねる」(写真提供:杉並郷土史会)

バスで行く史跡見学会 「軍港横須賀からペリー総督上陸の地を訪ねる」(写真提供:杉並郷土史会)

「上水に挟まれた地・高井戸を歩く」 で、上高井戸第六天神社を見学(写真提供:杉並郷土史会)

「上水に挟まれた地・高井戸を歩く」 で、上高井戸第六天神社を見学(写真提供:杉並郷土史会)

杉並の文化が郷土史会を生んだ

杉並郷土史会が創立されるまでの歴史は、杉並の郷土史研究の歴史でもある。
1948(昭和23)年に杉並区長に就任した高木敏雄氏は、前区長に続き区政の柱である「教育杉並・文化都市建設」の実現に尽力した。その区政下での遺跡発掘調査は、多くの新事実を提供。杉並遺跡保存会が結成され、杉並区史編纂(へんさん)委員会設立の一契機となった。
同委員会は、郷土史の啓蒙(けいもう)を目的とした会誌「西郊文化」を発刊。その際に、委員以外の研究者などにも資料や研究報告の提供を呼びかけたことが、区民の関心を高めることにつながったという。

「西郊文化 第1輯(しゅう)」 (杉並区立中央図書館所蔵)

「西郊文化 第1輯(しゅう)」 (杉並区立中央図書館所蔵)

一方、1964(昭和39)年の東京オリンピック開催に向けた道路整備などの開発のために土地が整理され、その流れで、成宗(現成田西)在住の旧家・安藤幸吉氏宅で古文書が見つかったが、判読できなかった。安藤氏はかかりつけの同町内開業医の平山久夫氏(考古学研究者)に相談。平山氏は同じ町内に住む尾藤さき子氏に調べを依頼し、3人で共同研究を進め、学術書に発表した。後に安藤・尾藤氏が杉並郷土史会の発起人となる。

杉並の歴史・遺跡調査研究は、杉並区史編纂委員会の頃から専門家は主導するも、研究者、区民、中・高校生、教員などの参加を求めていた。1968(昭和43)年に杉並古代文化研究会を結成した平山・安藤・尾藤氏も同じ思いであった。
寺田会長によると、「郷土史会発足の端緒は、1973(昭和48)年春に安藤・尾藤氏が発起人として、“郷土史に興味のある人を集め、専門的ではなく気軽に郷土史を語り合える会を作ろう”と企画。赤間倭子氏、森田金蔵氏が賛同し、同趣旨の活動をしていた森泰樹氏も参加したと聞いています」とのこと。
同年5月20日、安藤氏の要請により尾﨑(おさき)熊野神社で設立準備会が行われた。井口大吉氏が加わり、6名の有志で、会の目的、名称、年会費などを決め、事務局を森氏宅に置くことで発足。会の名称は、一般の人にはなじみにくい「研究会」を用いず、杉並郷土史会とした。
同年11月23日、創立記念会を天桂寺で開催し、安藤氏が運営委員代表に就任。1981(昭和56)年に、森氏が初代会長に就任した。

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 ゆかりの人々>知られざる偉人>森泰樹さん【前編】

郷土史会創立記念の写真。1973年11月23日、天桂寺にて(出典「杉並郷土史会会報 第3号」、資料提供:杉並郷土史会)

郷土史会創立記念の写真。1973年11月23日、天桂寺にて(出典「杉並郷土史会会報 第3号」、資料提供:杉並郷土史会)

「杉並郷土史会会報 第1号 」(資料提供:杉並郷土史会)

「杉並郷土史会会報 第1号 」(資料提供:杉並郷土史会)

道草を楽しもう!歴史が見えてくる!

寺田会長は、歴史との触れ合いや面白さについて次のように語る。
「歴史というと、授業で習った”年代で覚えるもの”をイメージするかもしれませんが、そうではありません。
区立郷土博物館の近くに“大松橋”という橋があります。気になって調べてみたら、“大”は地名の大宮、“松”は松ノ木の頭の漢字を充てたことがわかりました。この橋の上流には、“宮木橋”という橋があり、同じく大宮・松ノ木の下の漢字を使っています。このことから、先に“大松橋”が、あとから“宮木橋”が作られたことが、容易に想像できます。
普通に通りすぎれば何でもない通り道で終わりますが、気が付いてちょっと掘り下げていくと、そこに歴史があるのです。歴史が周りに満ちあふれていることを知らないで生活するより、知って生活するほうがとても面白いのではないでしょうか」
杉並郷土史会は、半世紀に及ぶ歴史と伝統に誇りを持って、次の半世紀を歩み始めている。

講演中の寺田会長 (元杉並区立郷土博物館館長)

講演中の寺田会長 (元杉並区立郷土博物館館長)

DATA

  • 公式ホームページ(外部リンク):https://member.sugi-chiiki.com/rekishikai/
  • 出典・参考文献:

    「西郊文化 第1輯」杉並区史編纂委員会
    『杉並区史』東京都杉並区役所
    「杉並郷土史会会報」杉並郷土史会 
    『杉並区縄文土器写真集成 文化財シリーズ14』杉並区教育委員会

  • 取材:佐野昭義
  • 撮影:佐野昭義、TFF
    写真提供:杉並郷土史会
    取材日:2023年05月15日、06月10日
  • 掲載日:2023年09月04日