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姥捨

著:太宰治(新潮文庫『きりぎりす』に収録)

夫婦関係の行き詰まった若い二人の心中行を描いた太宰治の短編小説。
過失を犯したかず枝、妻をそこまで追い込むほど夫婦生活を荒廃させた嘉七、結末を心中することによってつけようと、そろって家を出る。駅までの途中、かず枝は遠出の資金を調達するため質屋へ。先に駅に行き待っていた嘉七のもとへ、思わぬ大金を得て喜ぶかず枝がやってくる。
嘉七は、心中の際飲む薬の量を変え、自分だけが死のうと考えていた。しかし、旅行に出かけるかのような無邪気なかず枝の様子に、「死ぬのよさないか?」と切り出す。「ええ、どうぞ」「あたし、ひとりで死ぬつもりなんですから」。かず枝の意外な返事に、嘉七はどぎまぎする。
この作品、心中行の出発点は荻窪駅に設定されている。ひそひそと人の出入りする真昼の荻窪駅、精いっぱいの衣装に身をつつみ、二人の思い出の地、谷川温泉に向かう。

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荻窪駅(出典:『躍進の杉並』昭和28年発行)

荻窪駅(出典:『躍進の杉並』昭和28年発行)

おすすめポイント

『姥捨』は、太宰と小山初代との谷川温泉での心中事件(虚実不明との説もある)を描いた小説といわれている。太宰は薬物依存症治療のため精神科病院に入院していた。退院後、初代と太宰の義弟との関係が発覚。共に苦しんだ末の心中事件だった。
心中事件直後、太宰は7年間連れ添った初代と離婚に至り、天沼(現杉並区天沼)の碧雲荘から、一人、近所の下宿屋鎌滝に移る。作品はその時期に書かれたが、心中を描きながら生きようという志向がみられ、むしろ、明るさを感じられる作品になっている(※)。創作を事実と混ぜて実際にあったことのように書く技巧も駆使され、読者に太宰の主唱が分かりやすく書かれている。下降志向から上昇志向に転じ、職業作家となることに踏み出した頃の傑作だ。

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※はたからみると自堕落な暮らしぶりの下宿屋鎌滝時代だったが、寡作ながら『燈籠』『満願』『姥捨』と、転機をうかがわせる作品を連作した。この頃のことを後に『東京八景』で「下宿の一室に、死ぬる気魄も失って寝ころんでいる間に、私のからだが不思議にめきめき頑健になって来たという事実をも、大いに重要な一因として挙げなければならぬ」と書いている

DATA

  • 取材:井上直
  • 掲載日:2024年06月10日