中谷孝雄さん

梶井基次郎、外村繫と共に「青空」を創刊

中谷孝雄(なかたに たかお 1901-1995)は、随筆や伝記、私小説など、幅広い作品を残した作家である。人柄は温厚篤実、友情を重んじ、周りの文士たちに頼られる存在だった。
1901(明治34)年、三重県一志郡七栗村(現津市)に生まれた。1919(大正8)年、旧制第三高等学校(現京都大学・岡山大学)に入学し、寄宿舎で梶井基次郎と同室となる。中谷と梶井は共に2度留年したため、後から入学した外村繫と同級となり、3年生のときに劇研究会を結成した。この研究会での台本読みが文学への関心を高めることになり、後に文芸誌を作る下地になった。
1924(大正13)年に上京し、東京帝国大学(現東京大学)文学部独文科に入学。京都で同居していた平林英子と本郷菊坂町(現文京区本郷5丁目)で間借り生活を始める。1925(大正14)年1月、梶井、外村らと文芸雑誌「青空」を創刊した。英子と結婚した中谷は1926(昭和元)年に東京府長崎村(現豊島区)に移ったが、外村夫妻が頼ってきて手狭となり、同じ長崎村に二軒の家を借りた。8畳間のある中谷の家の方が広かったので、自然に同人たちのたまり場となった。「青空」は文壇での実績もない若者たちの熱情で作られたが、梶井の代表作である『檸檬』の発表の場になるなど、その後世に出る文学者たちの青春の軌跡として文学史に名を残した。

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中谷孝雄の肖像(出典:『京は人を賤うす』)

中谷孝雄の肖像(出典:『京は人を賤うす』)

杉並に住み、「日本浪曼(ろうまん)派」の創刊に参加

1932(昭和7)年6月、中谷夫妻は阿佐谷に転居、翌年には高円寺に移る。1934(昭和9)年、英子の紹介で若き文芸評論家の亀井勝一郎、保田與重郎と知り合う。二人は日本古典の復興を目指し、新たに同人誌「日本浪曼派」を立ち上げる話を持ち掛けた。中谷はこの頃、淀野隆三、外村繫とともに「世紀」の同人であったが、若い世代を後押しするつもりで協力することになった。この同人誌は中谷が木山捷平を誘い、8名の同人を得て1935(昭和10)年に創刊した。同人誌「青い花」から移ってきた太宰治は処女作品集『晩年』を寄贈するにあたり、その扉に「花は散る、中谷さん、あなたは松だ」と書いており、中谷は「太宰の好意に感謝した」(「日本浪曼派」より)と記している。
「日本浪曼派」が1938(昭和13)年に終刊となった後も、中谷は短編小説やエッセイ集を刊行するなど、杉並で多忙な日々を送った。中谷の長女・フサ子さんは「あの頃の我が家は若き文士が集い、いつもにぎわっておりました。懐かしい情景です」と振り返る。

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『京は人を賤うす』(皆美社)。中谷が好んだ平安時代を背景とした短編集。装幀は棟方志功

『京は人を賤うす』(皆美社)。中谷が好んだ平安時代を背景とした短編集。装幀は棟方志功

戦地からの帰還と文学活動の再開

1943(昭和18)年、召集により陸軍少尉として出征。西部ニューギニアで、戦闘の後方支援などを行う兵站(へいたん)部隊の小隊長を務めていた時に終戦となる。『のどかな戦場』では、このときの現地の人との交流をユーモラスに描いているが、実際は栄養失調とマラリアのため部隊の半数を失い、自身も死を覚悟した悲惨な戦地体験だった。
1953(昭和28)年、戦前に活動していた「文藝日本」を復刊し、文学活動を再開する。1960(昭和35)年、埼玉県新座市に引っ越し、ついのすみかとした。
1968(昭和43)年、「群像」に『招魂の賦』を発表し、芸術選奨文部大臣賞を受賞。この作品は「青空」の仲間たちの多くが亡くなり、入院中の淀野隆三が危篤に陥ったところから書き出され、淀野の初七日のあと中谷が外村繫の墓参りに訪れるところで終わる。題名の通り、亡き友たちを思う随想録のような小説だ。
1977(昭和52)年、滋賀県大津市にある義仲寺無名庵(ぎちゅうじ むみょうあん)第21代庵主となった。義仲寺は保田與重郎が再建に尽力した寺であり、無明庵は松尾芭蕉がたびたび滞在した庵であった。中谷孝雄は、太宰がかつて「松」に例えたように長寿を全うし、1995(平成7)年9月に94歳で永眠した。

『招魂の賦』(講談社)。病床にある淀野隆三を見舞う日々の思いをつづった作品

『招魂の賦』(講談社)。病床にある淀野隆三を見舞う日々の思いをつづった作品

DATA

  • 出典・参考文献:

    『招魂の賦』中谷孝雄(講談社)
    『青空の人たち』平林英子(皆美社)
    『京は人を賤うす』中谷孝雄(皆美社)
    『中谷孝雄全集』第1巻、第3巻、第4巻 中谷孝雄(講談社)
    『ふるさと文学館 第29巻 滋賀』責任編集・河野仁昭(ぎょうせい)

  • 取材:杉野孝文
  • 撮影:杉野孝文、TFF
  • 掲載日:2021年08月09日