人間失格

著:太宰治(新潮文庫)

他者、社会との関係をうまくつくれず苦悩する男を描いた太宰治の代表作。
「私」は、京橋のバーのマダムだった女性に再会し、ある男(大庭葉蔵)の手記と、幼少期・学生時代・手記を書いた頃の、いずれも奇異な表情をしたポートレートを預かる。
「自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです」。葉蔵は恐怖感に苛まれながらも、道化を演じ、人とのつながりを求めて育った。東北の田舎から画家を目指して上京。非合法政治活動からの逃亡、心中事件で自分だけ生き残る…、度重なる不祥事で罪の意識が増し、酒・薬物依存となり、脳病院に強制入院させられる。
「現代の人たちが読んでも、かなり興味を持つに違いない」。手記を夢中で読んだ「私」は、小説化しようと考える。
作品中、葉蔵が、女性編集者と娘が暮らすアパートに転がり込み、男めかけのような生活を送る場面で、アパートのあった街は杉並区の高円寺に設定されている。

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おすすめポイント

『人間失格』は、太宰が入水自殺を遂げる直前の1948(昭和23)年に書き上げられた。内容は、幼少期から20代後半までの精神的自叙伝といわれている。この小説の原型は、太宰が薬物依存症の治療で入院した後、1937(昭和12)年に天沼(現杉並区天沼)の下宿・碧雲荘(へきうんそう)で書いた『HUMAN LOST』である(※)。
『人間失格』の葉蔵は退院後、郷里に戻され、自己喪失、自己崩壊に陥るが、太宰自身は退院後に小説家として、数々の珠玉の名作を発表し続け10年の年を刻んだ。本作執筆時、健康状態は悪化、自力では歩行も困難な状態だったが、渾身の力をふりしぼり、読者の心に深く残る名作を後世に残した。

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※太宰は退院後、上荻(現杉並区上荻)の照山荘アパートに入居するが気に入らず、数日後、碧雲荘に移った。その夜から、入院中に薬袋などに走り書きしたメモを元に、10日間、『HUMAN LOST』執筆に没頭した。当時は小説化に至らなかったが、後年に『人間失格』として小説化された。入院中、太宰は聖書を読みふけったという。絶望感の中でインスピレーションを得、『HUMAN LOST』を執筆したともいわれている

天沼にあった下宿・碧雲荘(2015年撮影)

天沼にあった下宿・碧雲荘(2015年撮影)

DATA

  • 取材:井上直
  • 撮影:井上直
  • 掲載日:2024年06月10日